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quoc khanh(建国記念日)


9/2はベトナムの国民的休日。そんなおめでたい日を私はLeさんの故郷で過ごすことになった。
しかし、朝6時のバスに乗ることなんて、当然?出来ず、私は8時に出発した。

正確には「バス」ではない。ワゴン車に人や荷物がぎゅうぎゅう詰めになっていて、車掌が開け放ったドアに立ち大声で「○○行き~!!乗る?乗って!さぁさぁ!!」と言っているような乗り物である。
私はLeさんに降りるところを教えてもらって、名前を掌に書いて、車掌に見せた。

それを見た車掌は「OK乗りな!」というような事を言って、私の手をぐいぐい引っ張っていく。

ベトナムの休日は故郷へ帰る人々で溢れ返っていて、毎週が「帰省ラッシュ」

Leさんの家には妹さんとお父さんがいて、のんびりと過ごしていた。
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お昼ご飯を頂いて、家族水入らずな休日に悪いな...と思いながら。

Banh khoai
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Leさんのお父さんは「日本人は昼寝しないんだって?おもしろいね」と言っていた。
日本社会には昼寝の習慣はない。Leさんも日系企業で働いているから、日本人が昼寝をしないことは知っていた。
昼寝は好きだけれど、一度寝ると起きれないし、汗をたくさんかいて、逆にダルくなってしまうから、出来ない。
習慣が違えば体調まで変わってしまう。

特に何もしない建国記念日だったけれど、タイグエンは涼しくて、静かで平和だった。

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ハノイの交通...
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by m0ng | 2009-09-03 15:21 | VietNam

ただでは終われないCat ba島


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朝、4時頃、胃がムカムカし出して目が覚めた。
アレ、これちょっとヤバいかもしれない...私はLeさんが熟睡しているのを横目で見ながら、Nha ve shinへダッシュ!!
風邪で大熱出した子供時代でもないのにNon。
吐き気がおさまって、うとうとし出したら、1時間後に追い討ちをかけるようなdau bung。
屋台「大当たり」である。
ベトナムの屋台は「食べる」というより、私には「賭ける」という感じが否めない。
でもPhoで当たったのは初めて。

これから港までバスで1時間、船で1時間、ハノイまで4時間もかかるというのにどうしたらいいの!?
起きてきたLeさんに出発の時間を1時間遅らせて貰って、ベッドに横たわる私。

Leさんはテレビを見だした。なぜか字幕がタイ語だった。

最後の頼み!dau gio(ベトナムでは頭やお腹が痛い時につける有名な?緑色の液体)を擦り込み。Nha ve shinを往復してきっかり1時間後に出発したのであった。
幸い、バスに乗っているうちにどんどん体調が回復して行った。
朝ごはんを食べなかった私にLeさんはおこわを買ってきてくれたけれど、腹痛と吐き気が治まった直後に食事なんてできません...
「an di an di」(食べなさい、食べなさい)攻撃をやんわりとかわしつつ、「バス酔いしそうだから、着いてから食べるね」と言って、やり過ごす。

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無事に体調が回復し、ハロン湾も改めて眺め直した。
ここは昔、龍が降り立って、中国人の侵略を防いだという土地らしい。
でも、今のハロン湾には龍は降りてこないだろう。
人々がゴミを捨て続ける限りは...

Leさんが「Kamui見て!!」と指さした先には野生のヤギが、悠々と切り立った崖を登り降りしていた。
その光景はまるで、「もののけ姫」の世界のようだった。
でも、映画のラストのように、そこは「神々がいなくなった森」のように思えた。

こうして、2泊3日の旅行は終わりに近づいていた。

「Leさん、本当にありがとう。楽しかったよ。私はLeさんと一緒じゃなきゃ、こんなに楽しくなかったと思うし、こんな体験もできなかったよ。Leさんは外国人の私と居たから、たぶんいつもよりお金をたくさん払わされたりして大変だったと思うし疲れたよね...ごめんね。ありがとう。またね...!」と言って別れを告げた。

しかし!!Leさんは「Kamui Thai nguyen cung di nhe!」(一緒にタイグエンへ行こうね)と言うではないか!!
タイグエンはLeさんの故郷である。何度かお邪魔しているけれど、ハノイからさらに1時間。

「Leさん、ごめん。今日は無理...」
「じゃ、明日ね。朝6時ね!バスで来てね☆」

しんみりした気分はどこへやら...
本当に楽しかったけれど、明日、早朝に約束が出来てしまい、どっと疲れて帰路についた。
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by m0ng | 2009-09-03 14:56 | VietNam

Dao Cat Ba 2(カットバ島の続き)


朝と昼しか出ていないというバスに揺られる。
クーラーがこれ程ありがたいと思ったことはない。
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切り立った崖のような山に挟まれて、バスはどんどん進む。どうやってここに道を作ったんだろうと思いながら、アップダウンの激しさに揺られているうちにまた、眠ってしまった。

目を覚ますと
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そこには、ちゃんと街があった!!
「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」という有名なフレーズがあるけれど、まさに「山を越えるとそこには街があった」という感じだ。
私は突然出現した街並みに、狐につままれたような感じ。というものはきっとこういうことなんだろうと思った。
そして、Leさんに「カットバ島って無人島じゃないの!?」と言ったら、笑われた。
「この街はきれいだし、物価もバイチャイより安い」と言っていた。
バスを降りて、ホテルやバイクタクシーの客引きが一斉に寄ってきた。
ハノイでも、ちょっと鬱陶しいと思うことがあるけれど、それ以上だった。
Leさんは宿の交渉をしだした。

1人目は高かったらしく、「じゃ、もういいよ」と言って、次。
ベトナム語はところどころしか、わからなかったけれど、どうも、宿の値段は曜日ごとに変わるらしい。それに外国人の私が一緒だから、なかなか安くしてもらえないようだ。
Leさんはとうとう怒りだして、「ハノイはそんなに高くない!サイゴンだって、ニャチャンだって、こんなに高くないわ!それに比べてここはあまり綺麗じゃないし、食べ物だっておいしくない!だったらもう、今夜はハイフォンへ行くからいい!!」というような事を言っていた。
普段おとなしめのLeさんが見せる一面は逞しかった。
歩き出す、私たちの横をくっついてずっと話しかけてくる人々。

Leさんがまた、何やら話をして、急に私を振り返った。
「ホテル150000ドン。いい?」
いいもなにも、それは高いのか安いのかわからない...日本円に換算したりガイドブックで見たのに比べたらずいぶん安いけれど。
私は「はい。いいです...」と答えた。

最初300000ドンと言われたそうだ。それを半額にしてくれたLeさん、さすが!である。
でも、Leさんはまだ、「サイゴンだったら、クーラー、ホットシャワー付きのホテルに120000ドンで泊まれるわ」と怒っていた。

ホテルは港に面していて、街が見渡せるなかなか良いところだった。チェックインして、また近くのビーチへ向かう。
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ブーゲンビリア。ベトナム語ではHoa giay(紙の花)

また、服のまま泳いで、ホテルに帰ってきた。
夜になって、Leさんが「Kamuiお金いくらある?」と聞いた。私の手持ちは25000ドン。
2人でこの旅行の計画を立てた時、計算上では700000ドンで十分だったはずなのだけれど、廃止されたとはいえ、船や交通にはまだ「外国人料金」が残っていて、Leさんも、私と一緒だったからか、普段より高く取られたようだった...
私たちはお金を集めて、1日早くハノイへ帰ることにした。
でも、悔いはない。見たいものは全て見られたし、移動の旅もそろそろ限界だったから。
交通費を除いたお金で、Pho Bo(牛肉のフォー)を食べた。いつもはGa派(鶏肉)なのだけれど、Boもなかなかコクがあって良かった。
さっぱりしたのが良いならPho ga。こってり目が好みならPho Boがおすすめ。
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Phoは本当にどこで食べてもおいしく、外れがない。時々「当たり」はあるけれど...
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by m0ng | 2009-09-03 14:17 | VietNam

Dao Cat Ba(カットバ島)


Leさんが、交渉してくれた、宿に泊まって、朝6時前に起こされた。
ベトナム人の朝は早い。そして支度も早い...
「Kamui di di!!」(Kamui行くよ!)と言われて、私は寝ぼけ眼のまま、支度を始める。
もう船の時間!?と思ってLeさんに着いていくと
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朝の海。この景色を見せるために連れて来てくれたのだった。
Leさんはもっとここに居たいと言っていて、私も同じ気持ちだったけれど、船の時間に急かされてQuan lan島をあとにした。
港は人が少なくてLeさんも「Buon nha...」(寂しいね)と呟いた。
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私たちは、また4時間かけて港へ戻った。幸い(?)曇っていて日差しが強くなく、涼しかったことも手伝って、2人で爆睡してしまった...

港に着いて、Phoを食べた。バイチャイは海産物が有名だけれど、観光地なので、高いらしい。
Leさんは「ここは何でも高い」と文句を言っていた。
「バイチャイに泊まるのはやめようね」とも。

ところで「ハロン湾はいつ行くの?」と聞く私。
え?というふうに眉をしかめられ、「ここだよ」と言われる。
地図で下調べしなかったわたしも悪いが、今まで、船に揺られて見ていた景色は全部ハロン湾の中だった!?
でも、先輩に見せてもらった写真では、水は深い青だったはず!!
「ハロン湾の水は青じゃないの?」と聞いてみた。
Leさんはさらっと「青くないよ。Khong sach(きれいじゃない)」と言った。
私は先輩に見せてもらった写真のことを話して、水が青いと思っていたと話した。でも、先輩がハロン湾へ訪れたのは7年前だ。
Leさんは「昔は青くて綺麗だった。でも2年ぐらい前から水が汚くなった。観光客が大勢来るようになったから、今はごみがたくさん...」というようなことを話してくれた。
確かに見たくはなかったし、写真には納めなかったけれど、湾にはペットボトルやお菓子の袋や煙草の吸い殻、果物の皮などがたくさん浮いていた。
そんな中、私はいつになったら水の色が変わるのだろう。もっと沖へ出てからかな?とずっと待っていたのだった。
乗り合わせたベトナム人旅行者が、船の外にぽんぽんゴミを捨てているのも、ずっと気になっていた。
Leさんはそれをわかっているからか「外国人がたくさん来るようになったから」と言わず「観光客が」と言ったのだろうか。それに私も「外国人」である。このとき、言葉を選んでくれる、Leさんの細やかさを想った。
ベトナムは急速に近代化という名の発展を遂げているけれど、このままではもう後5年もしたら、私が今見ている光景は見られなくなるだろう...
案外、そういうものって「外の人間」が一番早く、気がつくものなのかもしれない。
彼らには当たり前すぎて、ありがたさが分かっていないのだ。

私があまりにもがっかりしていたからか、Leさんは「これからCat ba島へ行こう。Cat baはきれい」と言ってくれた。
私たちはTuan chauという港から1時間かけて、カットバ島へ向かった。
ガイドブックには“カットバ島への船はハイフォンからしか出ていないので注意”とあったが、Tuan chauからはたくさん出ているようだった。
こういうことも、ベトナム人にしかわからない。

カットバの港は無人島そのものだった。
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今夜はここに泊まろうと言われたけれど、こんなところに宿なんてあるのだろうか...
あったとしても、半野宿だろうな。とべたべたする体と不快感を意識しないように努めていた。
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by m0ng | 2009-09-03 13:23 | VietNam

du lich(旅行)


お久しぶりです。8/30~9/2までお休みを頂いて、念願の「ハロン湾」というところへ行ってきました。
ハノイからバスで4時間。旅のお供は7月までDWCの学生だった、ベトナム人のLeさん。
彼女とは年も同じで、先生と学生というよりは、今日まで、一緒に勉強してきてクラスメイトのような感覚。
今は日系企業で働いているけれど、よく連絡を取り合っていて、守衛さんに「Leさんの家へ遊びに行く」と告げる度に「LeさんはKamuiの恋人か...」と呆れられるぐらい、よく遊んでいます。

ハロン湾は私にとって憧れの地であり、それは尊敬する先輩から思い出話を聞いていたから。
ベトナムへ来たら絶対行きたい!と思っていた。

バイチャイというところに着いて、突然Leさんが「ハロンわんはあしたにゃ。きょうはQuan Lanしまへいきましょう」と言うではないか!?(ベトナム語には口調を和らげるとき、語尾にNhaをつけるようで、その癖が、日本語を話すときも残っていて、あしたにゃ。私にゃ。というふうになって、とてもかわいい!!)
ちょっと?ってなったけれど、今回はLeさんに任せることにして、私たちはそこから、船で4時間かけてDao quan lanへ向かった。
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木製の船に無理やりエンジンをつけたような船に乗って。
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港からはすごくたくさんの荷物を持った人々が乗り込んでいた。私たちのような旅行者もいたけれど、多くは家へ帰る人のようだった。途中で船は何度も水上の家を経由して、人々を降ろした。
彼らは何故ここを住処としているのか?飲み水以外はすべて海水だし、食糧や生活必需品は毎回、陸へ買い出しに行かなくてはならない。
それでも陸へ移ろうとはしない人々を見て、ふと、「海の上のピアニスト」という映画を思い出していたけれど、Leさんは「Nguy hiemにゃ」(危ないよね)と眉をしかめていた。
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水面は穏やかで、涼しくて、何度もうとうとしながら、島へ着いた時には、すでに陽が傾き始めていた。
このような乗り物に乗り、ビーチまで連れて行ってもらった。
タイの「トゥクトゥク」によく似ている。名前を聞いたけれど忘れてしまった...
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風に吹かれながら、夕日色に染まっていく島を見て、世界のはてに来てしまったような気持ちになった。でもあのとき感じた何ともいえない感覚と光景は生涯忘れることはないだろう。

人気のほとんどなくなったビーチを私とLeさんだけて2人占めして、服のまま泳いだ。
完全に日が暮れるまで、ビーチには私たちの笑い声だけが響いていた。
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by m0ng | 2009-09-03 12:40 | VietNam